鹿児島地方裁判所 昭和58年(わ)73号 判決 1983年7月06日
裁判所書記官
池上武久
本籍
鹿児島県垂水市牛根麓一、六七三番地
住居
同県鹿屋市大手町一〇番六号
医師
永井忍
大正一三年一一月二五日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官三沢隆行出席のうえ審理して、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金一、六〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、鹿児島県鹿屋市大手町一〇番六号において、産婦人科病院を経営しているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自由診療収入の一部を正規の帳簿に記帳しないで除外し、これによって得た資金で定額郵便貯金などを設定したり、仮名で有価証券を取得するなどして所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五四年分の総所得金額は八、三三三七万三、一〇八円で、これに対する所得税額は四、三七一万八、六〇〇円であるのにかかわらず、昭和五五年三月一五日、鹿児島県鹿屋市向江町二八番三号所在の鹿屋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は五、九九九万一、九九一円で、これに対する所得税額は二、七九〇万〇、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により一、五八一万八、一〇〇円の所得税を免れ、
第二 昭和五五年分の総所得金額は八、七六七万四、二一三円で、これに対する所得税額は四、五一一万二、六〇〇円であるのにかかわらず、昭和五六年三月一六日、前記鹿屋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は六、二六七万九、二六二円で、これに対する所得税額は二、八〇五万八、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により一、七〇五万三、七〇〇円の所得税を免れ、
第三 昭和五六年分の総所得金額は一億一、五〇三万九、九九二円で、これに対する所得税額は五、七二六万〇、七〇〇円であるのにかかわらず、昭和五七年三月一二日、前記鹿屋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は八、〇七八万六、八九七円で、これに対する所得税額は三、二八三万八、二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により二、四四二万二、五〇〇円の所得税を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 大蔵事務官作成の被告人に対する質問てん末書一三通
一 永井以蘇子の検察官に対する供述調書及び同人作成の申述書
一 大蔵事務官作成の永井以蘇子(七通)、宮薗優子(四通)、山口文夫、中道静雄、中村智、野頭アヤ子、林真知子細川るみ子に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料及び写真撮影てん末書二通
一 収税官吏作成の査察官調査事績書七通
一 押収してある計算書三綴(昭和五八年押第二五号の1、2)、仕訳日計表一綴(同号の3)、昭和五四年分確定申告書一綴(同号の4=判示第一の事実につき)、昭和五五年分確定申告書一綴(同号の5=同第二の事実につき)、昭和五六年分確定申告書一綴(同号の6=同第三の事実につき)
(法令の適用)
一 罰条 所得税法二三八条(但し、判示第一、第二の所為については昭和五六年法律五四号による改正前の所得税法二三八条)
一 刑種の選択 懲役刑及び罰金刑を併科
一 併合罪の処理 懲役刑につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)罰金刑につき同法四五条前段、四八条二項
一 労役場留置 同法一八条
一 執行猶予 同法二五条一項(懲役刑につき)
(量刑の理由)
本件は、病院の増改築工事に要した資金等に充当するため、三年度にわたり、保険の適用がない中絶手術料等の収入を一部除外するなどして裏資金をねん出し、これを親族や従業員名義で定期貯金をし或いは仮名で有価証券等を取得するなどの不正手段を用いて合計五、七二八万余の所得税を免れた事犯であって、その態様、期間、逋脱額、逋脱率等を考慮すると、その犯情及び刑事責任は決して軽視することができない。
しかし他方、犯行の動機が必ずしも私刑私欲のためにだけあったものではなく、道路拡張等の都市計画に協力して病院を改築することになった際、更に隣接地を買収して増築までしたため、多額の建設資金を借り入れ、そのうえ工事期間中患者が激減したばかりでなく、自己の健康に不安を感じたことなどが重なり合って本件脱税に及んだ一面もあること、昭和四九年以来身体不自由な老人のための特別養護老人ホームの建設運営等に尽力して社会福祉への貢献を続けてきていること、その他被告人は本件を深く反省し従来の経理事務を改善したうえ、本件脱税額の追徴に加え重加算税、延滞税、市県民税等合計約一億二、〇〇〇万円を支払ってすべて精算済みであること等の事情が認められる。
以上、被告人に有利不利な諸事情を総合考慮し、被告人を主文の刑に処し、懲役刑の執行を猶予するのが相当と認めた。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 城間盛俊)